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東京地方裁判所 平成2年(ワ)2837号 判決

原告 甲野花子

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 高野長幸

被告 乙山春子

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、金一八五万円及びこれに対する平成二年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  原告甲野花子は、訴外甲野太郎の妻であり、原告甲野一郎は、訴外甲野太郎の長男であるところ、訴外甲野太郎が昭和五八年一〇月一八日死亡したことにより、原告らは、相続によって同人の権利義務を各二分の一宛承継した。

二1  被告は、昭和三一年二月頃、訴外甲野太郎から、東京都世田谷区《番地省略》所在の家屋番号三二五番の建物(居宅、木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺二階建、床面積一階一四二・九七平方メートル、二階一一三・二二平方メートル)のうち、一階西南角二六・四四平方メートルの部分(以下「本件建物」という。)を、賃料一か月四五〇〇円で期間の定めなく借り受けていたところ、昭和三八年二月一五日、訴外甲野太郎の代理人訴外丙川春夫から、本件建物を訴外丁原夏子に転貸したことを理由に訴外甲野太郎と被告間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示(以下「本件解除」という。)を受けた。

2  その後、被告は、昭和四一年になり、弁護士久米愛に委任し、訴外丁原夏子に対し、本件建物の明渡訴訟(東京地方裁判所昭和四一年(ワ)第二三三三号家屋明渡請求事件、以下「別件訴訟」という。)を提起したことから、これを知った訴外甲野太郎は、昭和四二年になり、右訴訟に当事者参加をなして、被告に対しては賃借権不存在確認を、訴外丁原夏子に対しては本件建物の明渡しをそれぞれ請求したところ、昭和四二年一二月二五日右三者間の話合いにより、訴外甲野太郎は右当事者参加の申立てを取り下げ、被告と訴外丁原夏子との間では、転貸借契約を合意解約することなどを内容とする裁判上の和解が成立した(以下「別件和解」という。)。

3  ところが、被告は、昭和四三年三月三〇日になり、被告と訴外丁原夏子間の右別件和解が無効であるとして、別件訴訟につき期日指定の申立てをなすに至り、昭和四三年六月二七日、右訴訟は和解成立により終了した旨の判決を受けた(以下「別件判決」という。)。

三1  しかして、被告は、訴外甲野太郎が被告の本件建物に対する賃借権を不当に取り込んだなどとして、昭和四五年一〇月三日「詐欺」の被疑者として訴外甲野太郎を告訴するに至ったところ、同被疑事件は同年一二月一日不起訴となった(以下「本件告訴一」という。)。

2  さらに、被告は、昭和五〇年になり、訴外甲野太郎に対し、本件解除は無効であるとして、本件建物についての賃借権の存在確認の訴訟(東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第一〇六三四号建物賃借権確認等請求事件、以下「本件訴訟一」という。)を提起したが、昭和五二年一月二七日請求棄却の判決を受けた。そこで、被告は、右判決につき控訴(東京高等裁判所昭和五二年(ネ)第二八七号控訴事件、以下「本件訴訟二」という。)するとともに、同年三月四日「偽証」の被疑者として再び訴外甲野太郎を告訴したところ、同被疑事件はその頃不起訴となった(以下「本件告訴二」という。)。

3  被告は、本件訴訟二につき、昭和五二年九月二九日控訴棄却の判決を受けたことから、更に、右判決につき上告(最高裁判所昭和五二年(オ)第一三七三号上告事件、以下「本件訴訟三」という。)をしたが、昭和五三年四月七日上告棄却の判決を受けたことにより、判決は確定した。

4  被告は、昭和五三年には、本件訴訟二の判決につき再審の訴え(東京高等裁判所昭和五三年(ム)第一五号再審請求事件、以下「本件訴訟四」という。)を提起したが、昭和五六年四月二八日訴え却下の判決を受けた。

5  被告は、同年、別件訴訟及び本件訴訟一の各判決につき、再審の訴え(東京地方裁判所昭和五六年(カ)第一〇号再審請求事件、以下「本件訴訟五」という。)を提起したが、昭和五七年四月二一日訴え却下の判決を受け、これに控訴(東京高等裁判所昭和五七年(ネ)第一二一九号再審控訴事件、以下「本件訴訟六」という。)したが、同年九月二〇日控訴棄却の判決を受け、更に上告(最高裁判所昭和五七年(オ)第一三七二号再審上告事件、以下「本件訴訟七」という。)したが、昭和五八年四月一五日上告棄却の判決を受けた。

四1  さらに、被告は、昭和五八年三月一日には、再び本件訴訟二の判決につき再審の訴え(東京高等裁判所昭和五八年(ム)第一六号再審請求事件、以下「本件訴訟八」という。)を提起したが、昭和六一年一〇月八日訴え却下の判決を受けた。なお、訴外甲野太郎は、右訴訟係属中である昭和五八年一〇月一八日死亡し、原告らが右訴訟を承継した。

2  その後、被告は、訴外甲野太郎の死亡後は原告らを相手に訴訟提起等をするようになり、昭和六一年には、原告らに対し、訴外甲野太郎が虚偽の事実を主張して被告の本件建物に対する賃借権を不当に取り込んだものであるとして不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟(東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第一三九三八号損害賠償請求事件、以下「本件訴訟九」という。)を提起したが、昭和六二年四月二八日請求棄却の判決を受けた。

3  被告は、昭和六二年には、本件訴訟九の判決につき再審の訴え(東京地方裁判所昭和六二年(カ)第四号再審請求事件、以下「本件訴訟一〇」という。)を提起したが、昭和六三年二月八日訴え却下の判決を受け、これに控訴(東京高等裁判所昭和六三年(ネ)第五二七号再審控訴事件、以下「本件訴訟一一」という。)したが、同年七月二七日控訴棄却の判決を受け、更に上告(最高裁判所昭和六三年(オ)第一四一五号再審上告事件、以下「本件訴訟一二」という。)したが、平成元年一月一七日上告棄却の判決を受けた。

4  被告は、平成元年、更に本件訴訟一及び本件訴訟九の各判決につきそれぞれ再審の訴え(「本件訴訟一」に対する再審の訴えは東京地方裁判所平成元年(カ)第四号再審請求事件、「本件訴訟九」に対する再審の訴えは東京地方裁判所平成元年(カ)第二号再審請求事件であり、以下それぞれ「本件訴訟一三」、「本件訴訟一四」という。)を提起したが、本件訴訟一三については平成二年四月二四日訴え却下の判決を受け、本件訴訟一四については平成二年三月一九日訴え却下の判決を受けた。なお、被告は、平成元年に、別件判決の控訴事件につきなされた控訴棄却の判決に対しても再審の訴え(東京地方裁判所平成元年(カ)第三号再審請求事件)を提起しているが、同年六月三〇日東京高等裁判所に移送する旨の決定を受けている。

5  また、被告は、昭和六〇年四月一〇日には「偽証」及び「詐欺」の被疑者として亡訴外甲野太郎を(以下「本件告訴三」という。)、同年八月には同じく「偽証」及び「詐欺」の被疑者として原告らを(以下「本件告訴四」という。)、それぞれ告訴したところ、本件告訴三の被疑事件は同年四月二六日に、本件告訴四の被疑事件は同年九月二〇日にそれぞれ不起訴となった。

四  本件の争点

1  被告の亡訴外甲野太郎ないし原告らに対する本件訴訟一ないし一四の各民事訴訟の提起及び本件告訴一ないし四の各刑事告訴が不法行為となるか。

この点につき、原告は、「被告の本件建物に対する賃借権は、昭和三八年二月一五日付の本件解除によって消滅したものであるところ、被告においても本件解除が適法かつ有効になされたものであることは十分に承知していたものであり、被告の亡訴外甲野太郎ないし原告らに対する本件訴訟一ないし一四の各民事訴訟の提起及び本件告訴一ないし四の各刑事告訴は、いずれも、自己の請求や告訴に理由がないことを認識しながら、いたずらに亡訴外甲野太郎ないし原告らを民事訴訟の被告あるいは刑事事件の被疑者の座に据え、あえて亡訴外甲野太郎ないし原告らに財産的出捐をなさしめ、あるいは精神的苦痛等を加えることを目的としてなされたものであって、訴権あるいは告訴権の濫用に当たり、不法行為になることは明らかである。」と主張している。

これに対し、被告の主張はやや判然としないところはあるが、要するに「訴外甲野太郎は、虚偽の事実を主張して賃貸借契約を解除し、被告の本件建物に対する賃借権を不法に取り込んだものであり、これによって被告の訴外丁原夏子に対する賃借権の譲渡が妨害され、被告は多大の損害を被ったものであって、被告の本件訴訟一ないし一四の各民事訴訟の提起及び本件告訴一ないし四の各刑事告訴は正当な権利行使である。」旨の主張をしている。

2  原告らはいかなる損害を被ったか。

原告は次のとおり主張している。

(1) 亡訴外甲野太郎の損害(一七〇万円)

ア 応訴のための弁護士費用 七〇万円

イ 慰謝料 一〇〇万円

(2) 原告らの損害(各一〇〇万円)

ア 応訴のための弁護士費用 各三五万円

イ 慰謝料 各五〇万円

ウ 本訴の弁護士費用 各一五万円

第三当裁判所の判断

一  被告の本件不法行為について

まず、証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告は、訴外甲野太郎から本件建物を借り受けた当初こそ、本件建物で「戊田美容室」の営業をしていたが、昭和三二年三月頃、本件建物を訴外丁原秋夫に転貸し、以後、同人の妻訴外丁原夏子が本件建物で美容室を営業していたことから、訴外甲野太郎の代理人訴外丙川春夫に右転貸の事実が知れるところとなり、昭和三八年二月一五日、同代理人から、被告が本件建物を訴外丁原夏子に転貸したことを理由に訴外甲野太郎と被告間の本件建物についての賃貸借契約を解除されるに至ったものであり、本件解除が適法かつ有効になされたものであることは、被告においても十分に承知していた。

2  ところで、訴外丁原秋夫は、昭和三八年二月一五日頃、訴外甲野太郎の代理人訴外丙川春夫から、本件解除の通知及び本件建物の明渡しの請求を受けたことから、被告に対して昭和三八年三月分以降の転借料の支払いをやめるとともに、同代理人に対して使用料相当損害金を支払うことを条件に本件建物をしばらく使用させてくれるよう申し入れをなしたところ、同代理人がこれを承諾したことから、訴外丁原秋夫は、訴外甲野太郎に対し、本件建物の使用料相当損害金を支払うようになった。

3  ところが、被告は、本件解除後、訴外丁原秋夫から転貸料の支払いを受けられなくなったことから、昭和四一年になり、弁護士久米愛に委任して、訴外丁原夏子に対し、別件訴訟を提起するに至った。これを知った訴外甲野太郎は、昭和四二年に右別件訴訟に当事者参加をなし、被告に対しては本件建物に対する賃借権の不存在確認を、訴外丁原夏子に対しては本件建物の明渡しをそれぞれ請求したところ、昭和四二年一二月二五日、右三者間の話合いにより合意が成立し、被告が訴外丁原夏子から和解金として二〇万円の支払いを受けることなどを条件に、本件建物から手を引き、訴外丁原夏子に対する請求は放棄することを約束したことから、訴外甲野太郎は、右当事者参加の申立てを取り下げ、被告と訴外丁原夏子は、別件和解をなした。

なお、右別件和解は、本件建物についての転貸借契約を合意解約すること、訴外丁原夏子は被告に対し和解金として二〇万円を支払うこと、被告は訴外丁原夏子に対する昭和三八年三月分以降の本件建物についての転貸料債権を放棄すること、被告は訴外丁原夏子に対するその余の請求を放棄することなどを内容とするものであった。

訴外甲野太郎は、被告との間の本件建物に関する紛争が話合いにより円満に解決したことから、その後、訴外丁原秋夫からの申出により、同人との間で本件建物について賃貸借契約を締結し、同人から賃料を取得するようになった。

4  しかるに、被告は、昭和四三年三月三〇日になり、別件和解における本件建物の家屋番号、構造、床面積などの記載に誤りがあったことを理由に被告と訴外丁原夏子間の右別件和解が無効であるとして別件訴訟につき期日指定の申立てをなすに至り、昭和四三年六月二七日、右申立てに対し、訴訟は和解成立により終了した旨の判決を受けるや、今度は、訴訟甲野太郎に対し、同人が被告の本件建物に対する賃借権を不当に取り込んだなどとして、本件の一連の民事訴訟の提起や刑事告訴を執拗に繰り返すようになったものである。

5  被告は、本件の一連の民事訴訟の提起や刑事告訴において、訴外甲野太郎が虚偽の事実を主張して賃貸借契約を解除し被告の本件建物に対する賃借権を不法に取り込んだなどと主張しているけれども、要は、自己が訴外丁原秋夫に対する転貸料債権を失ったことに対する不満から、すでに別件和解において自らも納得ずくで解決した件についてことさら蒸し返しをしているものにほかならないものであることは明らかである。

以上を総合すれば、被告の亡訴外甲野太郎ないし原告らに対する本件訴訟一ないし一四の各民事訴訟の提起及び本件告訴一ないし四の各刑事告訴は、いずれも、自己の請求や告訴に理由がないことを認識しながら、いたずらに亡訴外甲野太郎ないし原告らを民事訴訟の被告あるいは刑事事件の被疑者の座に据え、あえて亡訴外甲野太郎ないし原告らに財産的出捐をなさしめ、あるいは精神的苦痛等を加えることを目的としてなされたものであって、訴権あるいは告訴権の濫用に当たり、不法行為になることは明らかというべきである。

二  原告らの損害について

(1)  亡訴外甲野太郎の損害

ア 応訴のための弁護士費用 七〇万円

亡訴外甲野太郎は、被告が提起した本件訴訟一ないし七につき、弁護士高野長幸に訴訟追行を委任して応訴し、同弁護士に対し、その着手金として、本件訴訟一、二、五及び六につき各一〇万円、成功報酬として、本件訴訟三につき一〇万円、本件訴訟七につき二〇万円の合計七〇万円を支払っているところ、これは応訴のためのやむをえない出費であったと認められる。

イ 慰謝料 一〇〇万円

亡訴外甲野太郎は、被告の不法行為としての民事訴訟(本件訴訟一ないし七)の提起及び刑事告訴(本件告訴一及び二)により、多大の精神的苦痛を被ったものであり、これに対する慰謝料としては、被告の不法行為の動機、態様その他一切の事情を考慮し、一〇〇万円をもって相当と考える。

(2)  原告らの損害

ア 応訴のための弁護士費用 各三五万円

原告らは、被告が提起した本件訴訟八ないし一四につき、弁護士高野長幸に訴訟追行を委任して応訴し、同弁護士に対し、その着手金として、本件訴訟八ないし一一につき各一〇万円、本件訴訟一三及び一四につき合わせて二〇万円、成功報酬として、本件訴訟一二につき一〇万円の合計七〇万円を支払っているところ、これは応訴のためのやむをえない出費であったと認められる。

イ 慰謝料 各五〇万円

原告らは、被告の不法行為としての民事訴訟(本件訴訟八ないし一四)の提起及び刑事告訴(本件告訴三及び四)により、当事者本人又は亡訴外甲野太郎の遺族として多大の精神的苦痛を被ったものであり、これに対する慰謝料としては、被告の不法行為の動機、態様その他一切の事情を考慮し、原告ら各自につき各五〇万円をもって相当と考える。

ウ 本訴の弁護士費用 各一五万円

原告らは、本訴につき弁護士高野長幸に訴訟追行を委任し、同弁護士に対し弁護士報酬として各一五万円を支払っているところ、本件の訴額、事案の難易度、審理の経過、認容額など諸般の事情を考慮すると、その全額につき被告の本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

三  以上の事実によれば、原告らの被告に対する請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田近年則)

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